ツーリズム論

小さな村の桜の記憶

桜の季節になると、思い起こす風景がある。
かれこれ十五、六年前になるが、休日のたびに東北の各地を回っていた時期がある。
ちょうど桜のころであった。
青森県の片田舎の村に通りかかった。
それまで名前も知らない村だったが、村の公園ではちょうど桜が満開で、「桜祭り」の最中だった。
近在の人々が花見に集っていたのだが、なにせ人が適度な数なのである。
疎でも密でもなく、桜の木の下でなごんでいる。数が多くもない屋台と、それなりに賑やかな音響とが、懐かしい村祭りの風でもあった。
それを遠目に見たとき、まるで「花見屏風」のようだと思った。
農作業に向かう前、桜の下で歌い踊る人々の姿が描かれた金屏風。さくらは、さ座(くら)からきたともいわれ、農の神の宿る座という説がある(白川静説ではもっと単純に「咲く・ら」であるとする)。桃源郷とは、桃の花の咲く里であるが、一瞬、山中の農村のその風景が、桃源郷のようにも見えたのである。
たったそれだけのことで、三年間、春になるとその村に通い、桜下酔人となった。
村の温泉にも入った。何が面白くて北海道からと呆れられた。それでも村の経済にささやかな貢献をしたかもしれない。
もっと絢爛たる桜の名所もあれば、有名な観光地もあるだろうに、何が面白くて…と思われても、旅とはそんなものである。
農道しかない村に自転車で走りに来る酔狂な御仁もいれば、ただの川べりに座ってぼーっとしている外国人もいるかもしれない。住む人にとって気持ちが良い場所は、訪れる人にとっても心地良い場所なのである。別にひこにゃんなどいなくてよい。中国人で溢れなくともよい。
かつて南相馬市からいわき市に抜けたことがあったが、もう眺めることもできない福島の桜もある。再び訪れることすらできない毀損された場所もあるのだ。

私が当時花見をした村は、青森県の倉石村という。町村合併で村名は消えた。桜祭りももうやっていないそうだが、桜が咲くと、人々は花見に訪れるそうである。

(森影 依 「北海道町村会報」2013年5月号 掲載)